12歳の三題噺

3つの単語を適当に出して即興でお話を作る、いわゆる三題噺。実は小学校6年の時に1年ぐらい継続してやっていました。

きっかけは覚えていません。ただ、その素地は毎日のノート提出でした。その当時の担任の先生が、クラス全員に毎日1時間勉強してその成果をノートに書いて提出せよ、との指令を4月に発したんです。内容は何でも良いから、と。小学6年生なんて遠慮なく遊べる最後の時間みたいなものじゃないですか。そりゃあもうみんな、嫌がってました。それでも、先生がおっしゃったことだから最初はみんないやいや出していました。が、徐々に提出しなくなっていきました。先生も、みんなが提出しなくなっても何も言わないんです。というより自分がそんな指令を発したことすらいまいち意識していないご様子。おいおい、いいのかよ…。

私も、他のみんなのご多分にもれずノートを出すのをやめようと思いました。でも、私はクラスで唯一1年間ノートを出し続けました。

 

 

一瞬えらいと思いました?私もえらいなと思います。でもこれ、親がばっちり監視してて、先生がやれって言ったんだからやり続けなさいと言われておとなしく従ってただけなんですよ。はたから見ればとんでもなく真面目であだ名はガリ勉でしたけど、実態はこんなものです。

それでもまあ、1時間ぐらいあっという間なので毎日それなりに続けていたんですけど、ネタが切れてくるんです。お勉強の。自分でいうのもどうかと思いますが、小学校時代は勉強で苦労したことがなかったので別に自分の弱点をノートでつぶす必要もなく、学校に行って帰るだけの生活を日記につけるのも芸がない。そこで思いついたのが三題噺でした。親に言われたのか、自分で勝手にやり始めたのか定かではありませんが、これは夢中になれた。

 

自分で適当にいろんな言葉を3つ、あるいは4つ思い浮かべてお話を作っていました。自分で何か考えたり工夫できたりする裁量の大きい作業って楽しいですよね。親や先生から見ればよくこんな話思いつくなという感じだったみたいですけれど、私はむしろ漢字の書き取りなんかよりこっちの方が良かった。

 

思い返せば、小さい頃から雑草やハンカチをお人形に見立てて物語を作り上げて楽しんでいましたからね…。雑草をひっくり返して根っこを髪の毛に見立てて編んだりまとめたりしてお姫様にする、みたいなことは別に普通だと思ってたんですがどうも周りを見る限りいないようです。

 

その当時の三題噺ノートは実家にあるので今は見れませんが、それでも何百回となくこれをやり続けたんだから就職の試験でのこういう問題は余裕だろうと私は考えていました。

当然、そんなことはなかったです。

作文やらあいうえお作文やら、できるっしょ~~などと思いつつ過去問を見てみたらとてもじゃないがお!できるできる!という感じではなさそうです。しかも緊張してるから余計頭が固くなりそう。ちゃんとお勉強しなければいけませんね。

 

さて、1年間毎日お勉強する習慣もつき(それなりに毎日勉強するのを楽しんではいました)お受験にも成功して中学校に上がった私ですが、以後毎日ろくに勉強することなく21歳になってしまいました。

大学受験の時ですらまともにやった記憶がありません。自分なりにがんばってはいたんでしょうが、他の人から見ればその努力は消し炭のようではなかったろうかと思います。

そして就職活動が始まり、私はこの怠惰な性格、まともに机に向かえない性質に苦しんでいます。

勉強ができるとかできないとかの問題じゃありません。人並みにきちんと机に向かう習慣がなっていないので将来まで不安になってきました。つべこべ言わずにやれよという話ですが、それでも集中力はすぐに切れてしまいます。

楽しくなったらいくらでもやり続けるようなんですが、つまらないなと少しでも思ったら何もやらなくなるんです。もしかしたら、私の精神年齢は3歳児のままなのかもしれません。

めんどい

就活対策で、毎日何かしら書きものをしておいた方が良いかも…とのアドバイスを受けたので何かしら書く練習になれば、と思って始めました。

いつまで続くのかは謎です。ついでに、デジタル音痴なため訳の分からないままはてなブログが2つできてしまいました。多分消せるんでしょうけど、めんどくさいので気が向くまでほおっておきます。

これでおわかりのようにあらゆることをめんどくさがる、干物を通り越した化石女です。

洗濯炊事掃除などの家事はまあため込みがちだし、お風呂に入るやる気を出すのにも一苦労です。

ちなみに、私は心の底から今の時代に生まれて良かったと思っています。だって、数十年前に生まれてたら間違いなくクズ嫁として婚家から放り出されている自信がありますもん。とっても個人的な意見ですが、いろいろな生き方が認められつつある今に生きて幸せだなと思います。それが良いか悪いかは人それぞれでしょうけれど。

 

そんなわけで、めんどうなりに何とかいろいろとやっていきたいと思います。